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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6051号 判決

原告

原島薫子

被告

麻布建設株式会社

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し金一二万五〇七〇円およびこれに対する昭和四二年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  原告その余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分して、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一八八万七〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年六月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  (事故の発生)

原告は、昭和四二年三月九日午後八時五〇分頃、東京都港区元麻布二丁目一番二一号地先丁字路交差点(以下、本件交差点という。)角にある店舗の店先で赤電話を掛けていたところ、麻布十番方面から進行して同交差点を材木町方面に右折しようとした被告加藤菊枝(以下、被告菊枝という。)の運転する普通乗用自動車品五ゆ一九七四号(以下、被告車という。)に右足を接触されて路上に転倒させられ、よつて入院三三日間、同年四月一一日退院後現在に至るも通院加療を継続しなければならない右足捻挫、頭部打撲、右手打撲、右背部打撲等の傷害を受けた。

(二)  (被告らの責任)

1 (被告麻布建設株式会社(以下、被告麻布建設という。)の責任)

被告麻布建設は、被告車の保有者であるから、その運行供用者として自動車損害賠償保障法三条により原告の本件事故による損害を賠償する義務がある。

2 (被告菊枝の責任)

被告菊枝は、被告車を運転し、比較的狭い丁字路を一挙に右折しようとして前方に対する注視を怠つたまま被告車を道路左側一杯に寄せたため、本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により原告の本件事故による損害を賠償する義務がある。

(三)  (損害)

1 休業による損害 金六七万円

原告は、喫茶店「テイールーム、トーキヨー」に経営主任として勤務していたが、前記傷害のため昭和四二年三月一〇日より同年七月末日まで勤めを休まざるを得なかつたので、その間の給料および賞与を支給されず、次のとおり損害を蒙つた。

昭和四二年三月一〇日より末日までの給料 金五万円

同年四月一日より七月末日までの給料 金三二万円

(本件事故当時の給料は月額本俸金六万円、交際費名義で金二万円、計八万円)

同年六月の賞与 金三〇万円

2 慰藉料 金一〇〇万円

原告は、七〇歳になる老母と高校に在学中の長女をかかえ一家の中心となつているものであるが、本件事故により前記の如き傷害を受け、いまだに治癒していない。しかも被告菊枝は原告に対しそのような傷害を与えながら救護もせずに逃走し、また、被告らは示談の交渉にあたつて何ら誠意を示さなかつた。これら被告らが原告に与えた精神的苦痛を金銭に見積るときは金一〇〇万円を下らないことは明らかである。

3 弁護士費用 金二一万七〇〇〇円

以上のように原告は被告らに対し金一六七万円の損害賠償請求権を有するところ、被告らはこれを任意に弁済しないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人に対し本訴の提起と追行を委任し、左のとおり着手金を支払い、また原告勝訴の判決があつたときは謝金を支払うことを約した。

着手金 金五万円

謝金 金一六万七〇〇〇円

(四)  (結論)

よつて原告は、被告らに対し金一、八八万七〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年六月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求の原因に対する答弁

(一)  被告麻布建設の答弁

1 請求原因第一項について

原告主張の日時、場所において原告が赤電話を掛けていたこと、被告菊枝が被告車を運転して原告主張のように進行し右折しようとしたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告車が原告に接触したことはない。

2 請求原因第二項1について

被告麻布建設が被告車の保有者であることは認める。

3 請求原因第三項について

原告が負傷したこと、被告菊枝が原告を救護せずに逃走したこと、被告らが原告との示談交渉にあたつて誠意を示さなかつたことは否認するが、その余の事実は不知。

(二)  被告菊枝の答弁

1 請求原因第一、第三項については被告麻布建設のそれと同じ。

2 請求原因第二項2について

否認する。

三、抗弁

(一)  被告麻布建設の免責の抗弁

仮りに被告車が原告に接触していたとしても、以下のとおりであるから被告麻布建設は自賠法三条但書により本件事故による損害賠償を免責される。

1 運転者たる被告菊枝の無過失

本件交差点は麻布十番方面に通じる幅員四・六メートルの道路と広尾方面から材木町方面に通じる幅員九・八メートルの通称桜田通りと呼ばれる道路とが丁字形に交差する地点であるが、被告菊枝は被告車を運転して麻布十番方面から進行し、本件交差点を材木町方面に右折すべく交差点手前で一時停止したところ、折から広尾方面から麻布十番方面に右折する車があり、被告車の右側にはすれ違う余地がなかつたので、被告車は四・五メートル後退した後、時速一〇キロメートル以下で右折したもので、その間前方に対する注視を怠らなかつたから、被告菊枝には過失がない。

2 運行供用者たる被告麻布建設の無過失

被告麻布建設は被告車の運行に関し注意を怠らなかつた。

3 被害者たる原告の過失

原告は、麻布十番に通じる道路に面し、被告車の進行方向から見て本件交差点の左角にあたる山本牛乳店の敷地内の道路より約一〇センチメートル高い奥行約五〇センチメートルのたたきに乗つて赤電話を掛けるに際し、不用意に道路上に右足を突出していたものであるから、原告にこそ過失がある。

4 被告車の機能構造上の無欠陥

被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

(二)  被告らの過失相殺の抗弁

仮りに被告菊枝に過失があつたとしても、本件事故の発生については前記のように被害者たる原告にも過失があるから、賠償額の算定にあたつてこれを斟酌すべきである。

(三)  被告らの原告の保険金受領および充当の抗弁

原告は、昭和四二年八月一〇日、本件事故に対する自動車損害賠償責任保険金として金二六万四九三〇円を給付され、右保険金は原告の本件休業による損害および慰謝料に充当されたので、その限度で本件損害賠償請求権は消滅した。

四、抗弁に対する答弁

(一)  被告麻布建設主張の免責の抗弁について

争う。

(二)  被告ら主張の過失相殺の抗弁について

争う。

(三)  被告ら主張の原告の保険金受領および充当の抗弁について認める。

第三、証拠 〔略〕

理由

一、事故の発生

原告主張の日時・場所において原告が赤電話を掛けていたこと、被告菊枝が被告車を運転して原告主張のように進行し右折しようとしたことについては当事者間に争いがなく〔証拠略〕によると、原告は被告車に右足を接触されて路上に転倒させられ負傷したことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで原告の右傷害の部位程度であるが、〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故により背部、右上肢、右下腿打撲傷を負い、事故当日より三二日間日本赤十字社中央病院に入院し、昭和四二年四月九日退院後も同年八月八日まで同病院、東京新聞社診療所に通院して治療をつづけたことが認められる。〔証拠略〕によると、原告の傷害は担当医師が外部から見て入院後三週間位で治癒したように見えたので前記病院では原告に退院をすすめたが、原告はすつきりしないからという理由でそのまま入院をつづけ、また入院中本件事故による傷害とは無関係と思われる歯や婦人科の診断治療を受けていたことが認められるけれども、打撲傷の性質からいつて、原告の症状に対する愁訴がたとえ多少過大であつたとしても、担当医師がこれを認めてその後の入院ないし通院中治療を施していた以上原告は入院三週間以後も本件事故による傷害により入院ないし通院加療を要する状態にあつたというべく、また、併行して他の治療を受けたことが直ちに本件打撲症に対する治療を不要視せしめるものでもない。したがつて〔証拠略〕もいまだ前認定を覆すに足りず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

二、被告菊枝の過失および責任

1  〔証拠略〕によれば、本件事故現場の状況は次の如きものであることが認められる。

本件交差点はほぼ東西に麻布十番方面から右交差点に通じる幅員約四・六メートルの歩車道の区別のないアスフアルト舗装道路とほぼ南北に広尾橋方面から材木町方面に通じる車道の幅員約七・八メートルのアスフアルト舗装道路の交わる部分であつて、交通整理は行なわれておらず、左右の見とおしはきかない。麻布十番方面から右交差点に通じる道路は中央が両端より高まつていてその南側道路端には右交差点入口から麻布十番寄り約四・四五メートルのところに立看板と電柱支柱があり、右支柱からさらに麻布十番より約二・六メートルのところに電柱があつてその部分は道路の幅員が約四・一メートルにせばめられている。右交差点南東角には雪印牛乳麻布販売所山本方があり、同販売所の北西角はタバコの売場になつていて麻布十番方面から本件交差点に通ずる道路に面して奥行約〇・五メートル前後、高さ約〇・〇九メートルのコンクリートたたきがあり、その奥の高さ約〇・八六メートルのタバコケースの上に赤電話が置かれている。

2  前記当事者間に争いない事実に〔証拠略〕を総合すると、本件事故の状況は次のようであることが認められる。

被告菊枝は、被告車を運転して麻布十番方面から本件交差点に向け時速約一〇キロメートルで進行し、前記電柱右側を通過したところ広尾橋方面から材木町方面に通ずる道路を広尾橋方面から進行してきて本件交差点を麻布十番方面に右折しようとしている車を認めたが、そのまま進行したのでは右右折車とすれ違うことが困難だつたので、被告車を道路左側一杯に寄せた。その際、被告菊枝は、右右折車に気を取られ、原告が右電柱から本件交差点寄り約六・七メートルの地点で前記雪印牛乳麻布販売所のコンクリートたたきの上で、右足先を道路に出し爪先を立てた姿勢で、広尾橋方面から材木町方面に通ずる道路の方を見ながら前記赤電話を掛けているのに気付かずに進行したため、被告車を原告の右足に接触させて路上に転倒させた。

右認定に反する〔証拠略〕は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定事実によれば、被告菊枝は被告車を道路左側に寄せるにあたり前方および左方に対する注視を怠つた過失があるといわねばならないから、被告菊枝は不法行為者として本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する義務がある。

三、被告麻布建設の責任

被告麻布建設が被告車の保有者であることについては当事者間に争いがないから、同被告は自賠法三条の運行供用者であるところ、被告車の運転者たる被告菊枝には本件事故について右のとおり過失があるから、免責の抗弁はその余の点を判断するまでもなく理由がない。よつて、被告麻布建設は被告車の運行供用者として本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する義務がある。

四、過失相殺

〔証拠略〕によれば、原告は被告車のライトの明かりで後方から被告車が進行してくることを知りながら前方を見たまま道路上に右足を出したままでいたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実に前に認定した本件事故現場の状況および対向右折車があつた事実を考え合わせると、原告にも被告車の動静の確認を怠つた過失があり、右過失は本件事故発生の一原因をなすものというべきであるから、賠償額の算定にあたつて斟酌されねばならない。そして原告のこの過失と被告菊枝の前記過失を対比すると、その割合はほぼ二対八と認めるのが相当である。

五、損害

1  休業による損害

〔証拠略〕によると、原告は喫茶店「テイールーム、トーキヨー」に勤め、給料として月額手取り約金五万五八〇〇円の収入があり、昭和四二年六月の賞与として金一五万円を支給されるはずであつたが、本件事故による傷害のため同年三月一〇日から七月下旬頃まで右勤め先を休み、その間の給料約金二四万円および同年六月の賞与金一五万円を支給されず金三九万円の減収をきたしたことが認められる。右認定に反する乙第一九号証は信用できず、甲第五号証の一・二も、原告本人尋問の結果によりその成立は認められるが、右収入額の認定を覆すには十分でなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。原告の右減収は本件事故による損害ということができるが、本件事故については原告にも前記のような過失があるので、これを斟酌するときは原告が被告らに対し請求しうる損害は金三一万円とするのを相当とする。

2  慰謝料

〔証拠略〕によれば、被告菊枝が原告に傷害を与えながら救護しなかつたのは、被告菊枝が被告車を原告に接触させたことを知らなかつたためであることが認められ、また、〔証拠略〕によれば、原告と被告らとの間に本件事故による損害について示談が成立しなかつたのは、原告が過当な示談額を提示し、その金額の線でなければ示談に応じない態度に出たからであつて、被告らに誠意がなかつたわけではないことが認められる。右認定事実に前記原告の治療中の態度やその過失、原告本人尋問の結果認められる原告の家庭事情その他諸般の事情を考慮すると、原告の本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料としては金五万円をもつて相当とする。

六、保険金受領および充当

原告が自賠責保険金金二六万四九三〇円の給付を受けそれを休業損害と慰謝料に充当したことについては当事者間に争いがないから、右保険金を前記休業損害と慰謝料にその割合に応じて充当するとその残額は休業損害金七万七三七九円、慰謝料金一万七六九一円になる。

七、弁護士費用

以上により原告は被告らに対し金九万五〇七〇円の損害賠償請求権を有するところ、被告らがこれを任意に弁済しないことは弁論の全趣旨より明らかであり、原告本人尋問の結果によれば、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人に対し、本訴の提起と追行を委任し、着手金として金五万円を支払い、さらに原告勝訴の判決があつたときは謝金として判決認容額の二〇パーセントを支払う債務を負担するに至つたことが認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、うち金三万円を本件事故による原告の損害として被告らに賠償させるのを相当とする。

八、結論

よつて原告の被告らに対する本訴請求のうち金一二万五〇七〇円およびこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年六月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 福永政彦 並木茂)

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